凝り固まった心に効きそうなブログ

生き物が現れたとき

いきなり本文に入りますが、
我が家には存在しなかったものがある日突然どこからともなく家の中や外の
庭に出現!なんてこともありますし、反対に我が家の所定の場所に置いて
あったものが忽然と消える!こともあります。
他に、場所を移動する! とか、向きや角度が変わる!というようなことも
起こります。そんなことがたびたび起こりますのでそういうことに慣れては
いますがそれでも不思議な現象が起こるたびに私は新鮮な感動を覚えて
おります。

ところが、現れてくる、のはものに限ったことではありません。
時には生きている動物が出てくることさえもあります。これまでにアヒルや
にわとりが現れたこともありました。

先ほど不思議な現象が起こるたびに新鮮な感動を覚えています。と書いた
ばかりですが、突然に生き物がどこからともなく出て来た場合は、例外で
私は新鮮な感動を覚えてるような場合ではありません。
感動を覚える前に、コレをどうする?という問いかけが先にやってきます。
なにせ生き物ですからね。

どこに保護すればいい? 何を食べさせればいい? 何が必要なの?
いかんせん、動物ですからね。文字通り、動きますからそのまま放置と
いうわけにはいきません。
私はその生き物をどうすればいいものかと脳をフル回転させますので
ゆっくりと新鮮な感動にひたれるようなゆとりはないわけです。

生き物がまだ、家の庭に出現したのならまだしも、もしも見知らぬ土地を
旅しているような時に突然目の前に現れでもしようものなら、、、、
私にはこういう想像をするほうがホラー映画を見るよりも怖いです。
たったの一字違いではありますが、置き物が現れるのとは大違いで、
生き物が現れた時には100倍緊張します。

その緊張の瞬間が、
もしも、という仮定法で終わることなく現実として起こったことがありました。
当時のことを振り返ってみますとその時の私は生き物が現れる前にも次々と
起こっていた、あり得ないような出来事に対応することに追われていましたので、
一息つくほどの時間のゆとりも気持ちのゆとりも持ち合わせてはいないところに
登場してくれたのが置き物より100倍緊張する生き物だったということで、私の
体感衝撃度数は1000倍にも思えました。

あの時からかれこれ2年近くが経とうとしています。
ようやく今頃になってあの時の出来事に新鮮な感動を覚えられるほどになれました。
当時の私にとっては自分の容量をオーバーするほどの過酷な修行だったので
感動するとか懐かしいというよりも、凄まじい体験として深く記憶されていたの
だと思います。
しばらくの時を経てから新鮮な感動を覚えるというのも新鮮な感覚があります。

あの旅を振り返ってみればみるほど、あり得ないような奇跡の数々が次から
次へと、よくもあれだけ連続して起こったものだと、2年近く経った今でも新鮮な
驚きがあります。そしてまたあれほど連続して起こる濃いエネルギーの中で、よく
精神的におかしくなったりしないで無事に旅を終えることができたものだと、
そのことを思い返すと今でも感心してしまいます。
あれほどたくさんの奇跡といえるような出来事に次々と遭遇したことは決して
偶然などと言えるはずはありません。それはご一緒したクロコちゃんたちも
お気づきになったと思います。
あれだけ凝縮したエネルギーのやりとりを人間だけの力でこなせるはずも
ありません。
スピリットのサポートがあったからこそです。私はそのことを忘れません。

仔猫

消えてしまう前に撮影したもの : あの時の出来事で現れた仔猫です。








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