凝り固まった心に効きそうなブログ

午後のツブヤキ

客観的に見て例えをあげるとするならば、
私は大海の中のたった一滴の海のしずくほどの存在でしかないと思います。
どんなに目を凝らしてみても見えないくらいのちっぽけな存在です。

そんな小さな小さな私にアドバイスをくださる方たちがあります。
その方たちというのは、社会の仕組みをよぉくご存知で、いろいろな所の第一線で
ご活躍されておられるみなさまたちです。中には法律家という方たちもおられます。
その方たちからですね、
「何の得にもならないんだから、そんなところには向かわない方がいいですよ。」 と
お教えいただいたりするのです。

確かにその通りだと思います。
おっしゃる通り、私は損していると思います。折角、教えてもらっているのにそんな
ところといわれるところに向かってしまうのですから、おバカだとも思います。

損だとわかっていながらも、そしてバカだと言われることも承知の上で、それでも
私にはどうしても見て見ぬふりをすることはできないことがあるのです。
それは、
不当な力に押し潰されて苦しみもがいている人がいると知った時、
不当な力になす術もなく生きることを手放そうとしている人がいると知った時、

そういった人たちが最後の気力を振り絞って、私たちのところにたどり着いて
こられたとしたら、
私にはそちらの方に向かわないでいるということがとても難しいのです。
せめて、何とかならないものだろうか、と考えるくらいの、そのくらいのことはしない
わけにはいかないのです。
といっても、苦しみもがいている全ての人たちをなんとかならないものだろうかなんて、
できもしないことをこんなちっぽけな私が言うつもりなどはありません。

私は迷いが出たときに海を見に行くことがあります。
そして、
ひとつぶひとつぶの海の水が寄せ集まって作られた波が大きな固い岩にぶつかっては、
飛び散るのをじーっと見ます。
岩にぶつかった波は花火のように宙に舞い広がって水しぶきを散らします。大気中に
飛び散った細かな水滴が、その一滴の海のしずくが太陽の光を浴びて虹色に輝くのを
見ることがあります。それは海が見せてくれる魔法だと私は思っています。
この魔法を見てしまうと、私はとたんに元気になります。
「やれるだけのことをやるだけだよね!」っていう気持ちがムクムクと湧いてくるのです。
そして、「一滴のしずくでもわたしはやるよ。」って海に伝えて帰ります。













 
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